時空図で見る固有時間:異なる道筋が示す時間の違い
特殊相対性理論では、時間の進み方は観測者の運動状態によって異なるとされます。これは「時間膨張」として知られていますが、さらに進んで「固有時間」という概念を理解することは、相対性理論における時間の本質を捉える上で非常に重要です。固有時間とは、観測者自身の時計で測られる時間であり、その観測者がたどる時空上の経路(世界線)に固有の値です。本記事では、この固有時間の概念を、時空図を用いることで物理的かつ直感的に理解することを目指します。
固有時間とは何か
特殊相対性理論において、ある出来事と別の出来事の間の時間間隔は、観測者の慣性系に依存します。しかし、その出来事が観測者自身の場所で起こる場合、つまり観測者がその出来事と共にいる場合の時間間隔は、どの慣性系から見ても不変な量となります。これが「固有時間」です。
例えば、ある人が誕生日を迎え、次の誕生日を迎えるまでの1年間は、その人自身の時計で測れば誰にとっても1年です。この「1年」がその人にとっての固有時間です。この人がどのような運動をしていたとしても、自身の時計で測る時間は固有時間として定義されます。数式的には、時空上のごく短い間隔 ds の不変量 $ds^2 = c^2 dt^2 - dx^2 - dy^2 - dz^2$ と関連付けられ、固有時間間隔 $d\tau$ は $c^2 d\tau^2 = ds^2$、すなわち $d\tau = ds/c$ と定義されます。この定義から、固有時間は観測者自身の世界線に沿ってのみ積分される時間であることがわかります。
時空図上の固有時間
時空図(ミンコフスキー図)は、時間軸と空間軸を用いて出来事や物体の運動を幾何学的に表現する強力なツールです。特殊相対性理論における時間の概念、特に固有時間を視覚的に理解するのに役立ちます。
時空図では、縦軸を時間 ($ct$ または $t$)、横軸を空間座標 ($x$) にとります。静止している観測者の世界線は時間軸に平行な直線として描かれます。一方、運動している観測者の世界線は、その速度に応じて傾いた直線となります(速度が光速に近づくほど時間軸から離れる向きに傾きが大きくなります)。
光時計の記事で見たように、運動する時計は静止した時計よりもゆっくり進みます。これを時空図で見ると、運動する観測者の世界線上の「長さ」が、静止している観測者の世界線上の「長さ」よりも短く見えることに対応します。ここで言う「長さ」は、ユークリッド空間での距離ではなく、ミンコフスキー空間における「間隔」であり、その定義には符号の違い($ds^2$ の定義式)が関係しています。
(ここで、静止した観測者と運動する観測者の世界線を時空図で比較する図やアニメーションが示されることが想定されます。例えば、ある時間間隔 $T$ の間に静止した観測者がたどる時間軸上の経路($ct$ 軸に沿った長さ)と、同じ期間に運動した観測者がたどる時空図上の経路の傾きを比較し、それぞれの「長さ」が異なることを示す図です。)
図を見ると、運動している観測者の世界線が時間軸に対して傾いているため、空間方向にも座標を持つことがわかります。固有時間の定義 $d\tau = \sqrt{dt^2 - (dx^2+dy^2+dz^2)/c^2}$ からわかるように、運動成分 ($dx^2+dy^2+dz^2 > 0$) があると、同じ $dt$ 間隔に対して $d\tau$ は小さくなります。時空図上では、これは世界線の「長さ」の計算に含まれる符号の違いとして現れます。運動する観測者の世界線は、静止している観測者の世界線よりも「短く」なります。この「短さ」が、運動する観測者の経験する固有時間の短さ、すなわち時間膨張を幾何学的に示しているのです。
異なる道筋が示す時間の違い:世界線のパス依存性
固有時間の最も興味深い性質の一つは、それが世界線の「長さ」に対応することから生じる「パス依存性」です。これは、時空上の同じ出発点と終点の出来事の間であっても、観測者がどのような世界線をたどったかによって、経験する固有時間が異なるということを意味します。
有名な「双子のパラドックス」は、このパス依存性の直接的な帰結です。一人の双子(A)は地球に静止しており、もう一人の双子(B)は高速で宇宙旅行をして地球に戻ってくるとします。時空図上で見ると、双子Aの世界線は時間軸に沿った(ほぼ)まっすぐな線になります。一方、双子Bの世界線は、出発後に傾き、ある時点で向きを変えて(加速・減速を経て)、地球に戻ってくるようなV字型、あるいは曲線になります。
(ここで、双子A(地球静止)と双子B(宇宙旅行・往復)の世界線を時空図に描いた図やアニメーションが示されることが想定されます。出発点を時空図の原点とし、再会する点を時間軸上の同じ高さ(同じ地球時刻)の異なるx座標、または同じx座標の異なる時間座標で示すなど、比較が容易な表現が考えられます。)
この図を見ると、双子Aの世界線は比較的「まっすぐ」であり、双子Bの世界線は「曲がっている」ことがわかります。ミンコフスキー空間の幾何学では、「まっすぐな」世界線(慣性運動に対応)が最も長い固有時間に対応します。これはユークリッド空間の「最短距離」とは対照的です。したがって、双子Bがたどった「曲がった」世界線は、双子Aがたどった「まっすぐな」世界線よりも固有時間が短くなります。つまり、再会した時、宇宙旅行から帰還した双子Bは、地球に留まっていた双子Aよりも年を取っていない、ということになります。
このパス依存性は、時間膨張が単に「相手が運動しているから時計が遅れて見える」という見かけ上の効果ではなく、観測者自身の経験する時間の進み方が、実際にたどった時空上の「道筋」によって物理的に異なるという本質を示しています。時空図を用いることで、この時間の違いが、世界線という幾何学的な概念の「長さ」の違いとして視覚的に捉えられるのです。
まとめ
固有時間は、観測者自身の経験する時間であり、特殊相対性理論において不変な量として定義されます。時空図上では、固有時間は観測者がたどる世界線の「長さ」に対応します。そして、この世界線の長さは、ユークリッド幾何学とは異なるミンコフスキー空間の幾何学に従うため、異なる世界線(異なる運動経路)は、たとえ同じ出発点と終点を結んでいても、異なる固有時間(異なる長さ)を持ちます。
この固有時間のパス依存性は、時間膨張の本質を示しており、双子のパラドックスのような現象を時空図を用いて物理的に、そして視覚的に理解する鍵となります。数式による理解に加え、時空図によって世界線と固有時間の関係を視覚的に捉えることは、相対性理論における時間の概念に対するより深い洞察を与えてくれるでしょう。