見てわかる相対論

光時計と時空図で見る時間膨張

Tags: 特殊相対性理論, 時間膨張, 光時計, 時空図, 相対性理論

はじめに

特殊相対性理論の帰結の一つである時間膨張は、高速で運動する物体の時間が、静止している観測者から見て遅れて進むという驚くべき現象です。数式上はローレンツ変換の時間成分や、そこから導かれる簡単な式として理解している方も多いでしょう。しかし、それが物理的に何を意味し、なぜそのようなことが起こるのか、直感的なイメージを持つことは容易ではありません。

この記事では、「見てわかる相対論」のコンセプトに基づき、時間膨張という現象の物理的な意味合いを、視覚的なツールである光時計のモデルと時空図(ミンコフスキー図)を用いて掘り下げます。数式的な導出そのものよりも、図やアニメーションを通して現象を「見る」ことで、数式が記述する物理の世界をより深く、より直感的に理解することを目指します。

光時計モデルによる時間膨張の理解

時間膨張を考える上で、最もシンプルで直感的な思考実験装置として「光時計」がしばしば用いられます。光時計は、2枚の平行な鏡の間を光パルスが往復する時間をもって1単位時間(例えば1秒)を刻む仮想的な時計です。鏡の間隔を $L_0$ とすると、光が往復する時間は $2L_0/c$ となります($c$は光速)。

静止している観測者から見た、静止している光時計の時間間隔 $\Delta t_0$ は、光が鏡の間を1往復する時間なので、$\Delta t_0 = 2L_0/c$ です。これは「固有時間」と呼ばれ、その時計と共に運動する観測者が測定する時間間隔に相当します。

次に、この光時計が観測者に対して速さ $v$ で運動している場合を考えましょう。観測者は、運動する光時計の鏡の間隔は依然として $L_0$ であると見ますが、光パルスは運動する鏡を追うように斜めに進むように見えます。

ここで、以下の図またはアニメーションを想像してみてください。

図/アニメーション2を見ると、運動する光時計の中で光パルスが1往復する間に光が移動する距離は、静止している場合に比べて明らかに長くなっていることがわかります。光速 $c$ はどの慣性系から見ても一定であるという相対性理論の原理(光速不変の原理)に基づけば、より長い距離を進むためには、より長い時間 $\Delta t$ がかかることになります。

ピタゴラスの定理を用いると、光が上下どちらかの鏡まで移動する半分の時間 $\Delta t/2$ の間に、光は斜めに距離 $c(\Delta t/2)$ を進み、同時に時計の鏡は水平に距離 $v(\Delta t/2)$ を進んでいます。鏡の間隔は $L_0$ ですので、以下の関係が成り立ちます。

$(c \frac{\Delta t}{2})^2 = L_0^2 + (v \frac{\Delta t}{2})^2$

これを整理すると、$\Delta t$ と $\Delta t_0$ の関係が得られます。

$c^2 (\frac{\Delta t}{2})^2 - v^2 (\frac{\Delta t}{2})^2 = L_0^2$ $(c^2 - v^2)(\frac{\Delta t}{2})^2 = L_0^2$ $(\frac{\Delta t}{2})^2 = \frac{L_0^2}{c^2 - v^2}$ $\Delta t = \frac{2L_0}{\sqrt{c^2 - v^2}} = \frac{2L_0}{c\sqrt{1 - v^2/c^2}}$

ここで $\Delta t_0 = 2L_0/c$ であったことを思い出すと、

$\Delta t = \frac{\Delta t_0}{\sqrt{1 - v^2/c^2}}$

この式は、運動している時計が刻む時間間隔 $\Delta t$ が、静止している時計の固有時間間隔 $\Delta t_0$ よりも大きいことを示しています。つまり、運動する時計は静止している時計よりもゆっくり進む、すなわち時間が遅れるということです。これが時間膨張です。

光時計のモデルは、光速不変の原理とピタゴラスの定理という比較的単純な道具立てから、時間膨張の式を導き出し、その物理的な起源(光の経路が長くなること)を視覚的に理解させてくれます。図やアニメーションで光の斜めの軌跡を見ることは、数式 $\sqrt{1 - v^2/c^2}$ が持つ物理的な意味を直感的に掴む強力な助けとなるでしょう。

時空図による時間膨張の可視化

もう一つの強力な視覚的ツールは時空図(ミンコフスキー図)です。時空図では、通常、横軸に空間座標 $x$ を、縦軸に時間座標 $ct$(光速をかけた時間)をとります。慣性系における出来事は時空図上の点として表され、物体の運動はその世界線(時空図上の軌跡)として描かれます。

静止している観測者の慣性系(S系と呼びましょう)では、静止している物体の世界線は時間軸に平行な直線となります。一方、速さ $v$ で運動する物体の世界線は、時間軸から傾いた直線となります。具体的には、$ct$ 軸から $x$ 軸方向に $\theta$ だけ傾いた直線で、$\tan \theta = v/c$ となります。

特殊相対性理論では、異なる慣性系間での時空座標の変換はローレンツ変換によって記述されます。このローレンツ変換は、時空図上では座標軸の「歪み」として表現されます。運動する観測者の慣性系(S'系)の $x'$ 軸と $ct'$ 軸は、S系の $x$ 軸と $ct$ 軸に対して、それぞれ特定の角度で傾いて描かれます。

ここで、以下の時空図を想像してみてください。

時空図上での「時間間隔」は、世界線上の2点間の「固有時」として定義されます。S'系で静止している時計(つまりS'系の $ct'$ 軸上の点)が刻む1単位時間(例えば $\Delta \tau = 1$ 秒)は、S'系の $ct'$ 軸上の点 A (0, c$\Delta \tau$) と原点 O (0, 0) の間の時空距離として表現されます。

この時空距離は、S'系から見ればシンプルに $c\Delta \tau$ です。しかし、S系から見ると、この点 A はS系の座標 $(x, ct)$ で表されます。ローレンツ変換を考えると、$x = v \Delta t$、$ct = c \Delta t$ となります(S'系の出来事がS系で時間 $\Delta t$ かかる間に、S'系原点はS系で $v \Delta t$ 移動している)。

S系における時間膨張の式 $\Delta t = \frac{\Delta \tau}{\sqrt{1 - v^2/c^2}}$ を変形すると、$(c\Delta t)^2 - (v\Delta t)^2 = (c\Delta \tau)^2$ となります。 S系における点 A の座標は $(v\Delta t, c\Delta t)$ なので、S系から見た原点との時空距離の2乗は $(c\Delta t)^2 - (v\Delta t)^2$ です。これはS'系から見た時空距離の2乗 $(c\Delta \tau)^2$ に等しくなります。時空距離はどの慣性系から見ても不変量です。

時空図では、S'系の $ct'$ 軸上の単位時間間隔(点A)が、S系の座標で見ると $ct$ 軸上の単位時間間隔(点B、例えば (0, c$\Delta t$))よりも「長く」見えることが示されます。これは、S'系の $ct'$ 軸がS系の $ct$ 軸から傾いているため、S'系の $ct'=c\Delta \tau$ という線(S'系の $x'$ 軸に平行な線)が、S系の $ct=c\Delta \tau$ という線(S系の $x$ 軸に平行な線)よりも上方に位置するためです。

以下の時空図を想像してみてください。

時空図は、異なる慣性系間の「時間の歪み」を視覚的に表現する強力なツールです。運動する系の時間軸が傾くこと、そして時空図上の「長さ」(正確には時空距離)が固有時間を表すことから、運動する時計の固有時間間隔が静止系から見て長くかかる(時間が遅れる)様子が、図形的な関係として理解できます。

まとめ

時間膨張は、特殊相対性理論が予測する非直感的な現象です。数式だけを追うのではなく、光時計のような具体的なモデルや、時空図のような視覚的なツールを用いることで、その物理的な意味合いや起こる仕組みをより深く理解することができます。

光時計モデルは、光速不変の原理から運動系の光の経路が長くなることを示し、それが時間の遅れにつながることを直感的に説明します。一方、時空図は、異なる慣性系間の時間の流れそのものが、時空の「歪み」としてどのように表現されるかを視覚化し、時間膨張が時空構造から必然的に導かれる帰結であることを示唆します。

これらの視覚的な資料を積極的に活用することで、特殊相対性理論における時間の概念に対する物理的な直感を養い、数式と物理現象との間の橋渡しをすることができるでしょう。